父の冒険未遂 1

どんなことでもたぶん、わたしは。前はそう思っていたけど今はこう思うというような感じで、そうとこうが入れかわり、そうだけどこうだったり、こうだけどそうしたり。

父が妙なことをしているようにみえたので、頭にスーシンチュウ(四星球)をのせている理由をたずねる。まぬけなこたえをきいて思わず笑う。「そんなにおかしいか?」と父は笑う。妙なことは続く。笑いながら解消方法を提案しても、「そんなにおかしいか?」と、ずっと笑っている。


父のことをほどほどに恨んでいたし、母のことをそうとうに恨んでいたということもあった。だいたいのことについてどうでもいいと思っていたということもあった。
母が父にたいへんな暴言を吐くということがおき、連日、日に日に内容がひどくなり。その日は、どちらもか、どちらかか、死ぬか、殺すか、殺されるか、わめいていて、わたしは自転車のタイヤに空気を入れていて、それ(どれ?空気入れるヤツ)を振り上げて、ふたりとも殺して自分も死ぬというようなことを言って、「もうこんなんいやや」と叫んで、「やめてよ、家族やのに」と泣き叫んだところで、まさか自分がこの言葉をつかうなんてとおどろいた。その日からだんだん。わたしは父のくらしに積極的にコミット(←言ってみたかっただけ)するようになった。11ヶ月後にそれらが介護だと知る。両親とわたし。なにかおかしくなったのかもしれないけど、わからないままくらしを続けた。それは結局いまもわからないし、なにもおかしくないかもしれないし、なにもかもおかしいのかもしれないけど、それはだいたいどうでもいい。


一緒に暮らすメンバーに、結婚や離婚、同居や別居、生活スペースの縮小や移動があった。あきらかにくらしが変わる。家具を処分し、引き出しを整理し、蛍光灯を交換し、そのぜんぶにあれやこれやと思い出すことがあり、そのすべてに恨みがあり、憎らしく、怒りがあり、悲しい気分がはじまり、ひとしきり泣いて、首をつろうとしたり、腕をきろうとするけど、左腕はすでに満タンで、さいごから何年経ったのかと数えたいけどおぼえてない。理想のくらし、理想の家族、理想の親、理想のきょうだい、理想のこども。理想のじぶん。じぶんの理想。ここにはなく、そのとき必要なものを手に入れ、不要になって処分する。


ある日。19時ごろ。父が玄関に立っていた。クツをはいて帽子をかぶり杖をもって。いまからデイサービスに行くので、むかえにきてくれる職員の人を待ってると言う。今朝8時に行って17時に帰ってきたばかりだと説明する。おなじことをなんどか言って気づく。「今日はもうどこにも行かんよ」。父は少しおどろいているようにみえたけど「そうか」と言って部屋にもどる。それに付き合い、冒険に出る前に気がついてよかったと思った。
どうだこうだと思ってもなにも変わらず、こうだと思ってもすぐに変わる。だいたいのことについてどうでもいいと思う。
冒険でも未遂でもなんでもないはなし。