D.I.Y の人々は長生きするべきと思った

ぜひ長く生きて親族のだれよりもあとに死ねばいいのではないかという提案です。

D.I.Y のことですけど、do it yourself ですけど。日曜大工とかハンドクラフトとかネイルアートとかですけど、塗料とかレジンとか除光液とかうすめ液とかですけど、少しずつ処分してさいごの 350cc を固化させているところでして、いま。たいそう迷惑だ。

処分の仕方について、行政はメーカーにメーカーは行政に問い合わせてほしいということでまた行政やメーカーに問い合わせるとメーカーや行政に問い合わせてほしいということになり交代に問い合わせつづけている間に死んでしまえば処分しなくてすむと思いつつなんども容器のラベルやら返答メールを読んでいるとわかったことがあり、中身を使い切ったら容器の処分はさほどむずかしくないということで、なるほど!となんどか思ったのですがそれははじめからわかってたことで使いきれない中身を処分する方法を問い合わせてたんですけど、なぜなら容器の処分というか回収についてはすでに知っていたし処分したいのは容器ではなく中身だからですけど容器ももちろん処分したいのですけど、使い切る予定だった人が死んだので使い切らないので空容器にならない。

do it yourself ですからおそらくわたしもふくまれていて、do it myself だったらふくまれていなかったのか。わからないけど you は「あなた(たち)」だと中学1年生のとき教えてもらいましたからわたしはあなた(たち)のひとりだったということなのでしょうけど兄が辞世に「do it yourself」と言ったならば go fuck yourself と返しますけどどうしたって固化剤を買いにいくのはわたしです。

 

D.I.Y 趣味とかで作ったりする感じの人々は必要なものは必要な量だけ購入するようにしたらよいと思います。余ったらつど。使い切ってしまうのが大切なのではないかと思います。割高になるかもしれないが趣味を持てるくらい裕福な人の趣味ではないかというのがわたしの予想ですのでケチケチしなさんなと思います。生きてるうちに処理業者の連絡先を親族に知らせておいて処理費用を用意しておくのはよいと思う。そうしてほしかったと思っている。お金がないからこその D.I.Y だという人々については薬品を使うようなことはあきらめるのがよいと思います。金持ちになにか押し付けられたりすることもあるかもしれませんのでめっちゃ気をつけてほしいです。

工具とか電気まわりのものとかちょいとした金属とか「ゴミではない」と行政が力強く言ってるものはかんたんに目の前から消せました。木材、ガラス(鏡)、土、砂はつらいです。接着剤とか粘土とかコークとか経年変化で状態が変わってるものもつらいです。とにかく薬品はしんどいです。容器のラベルとかパッケージにある注意とか説明とかがないとか読めない状態のものを持ってる人は中身も容器も処分してから死ねばいいと思う。

 

忘れてた。ガスバーナーが残ってた。バーナー?トーチ?これどうにかしておわりです。そろそろ三回忌とからしいです。まだまだか。イベントは可能な限り欠席しつづけてきた人生だったが、実兄のはなぜか参加しがちでした。でももうしんどい。人々があつまってなにか(なにをしてるかわからないしなにもしてないようにみえることを)することより兄の子らの負担を減らすことがわたしには重要な気がするし意味がある気がする。