口止めせずに死んだ

加害者が死んだ。死ぬ数日前。上衣のボーダーがのびた腹部にわたしは触れた。ぽよぽよとてのひらに、シャツ一枚へだてて他者のからだ。勝手に他者のからだに触れるということをさけてきたが、ついうっかり。ねぎらったりなぐさめたり自分勝手な都合でそうすることがあって落ち込むことがあった。腹部に触れて。わたしはこの人のからだに触れたんだとたいそうおどろいた。死にかけている人を前にしたときのふるまい、第三者は腹水がどうとか黄疸がどうとかはなしていて、わたしは。病人を前にしてなんら動じることなくその人に触れる人間をやろうとしてやったのだけど、この人に触れることをするのだとおどろいた。帰宅しておおげさなほど手を洗ったが、もともと手を洗う回数が多いっぽいのでいつも通りです。

通夜。加害者のいとこが、わたしもそれですが。いとこがひとり。通夜式がすんでから式場に到着した。わたしよりふたつみっつ年上の女性。女性の生家の家柄やこれまでの言動に似合わない遅刻。もしかして。やはり。被害者は複数いたのかもしれない。

告別式。もしかして。やはり。彼女はいない。遺影の笑顔、弔電の内容。まわりの人々は泣いていた。焼香をおえて席に戻らずそのまま帰宅した。手を洗った。

母に。なにがあったか伯母にも母にもおしえるつもりはないが、過去のできごとを思い出してしまい平常心でいる自信がなかったので退席したと告げた。「あんたの気持ちもわかる」と言ったので母も被害者なのかとたいへんおどろいたが、ゴルフがどうとかはなしてたので関係ないかも。口止めしてるのはわたしです。言えばいいのに。死人に口なし。信じてもらえなかったらつらい。